この記事は、義務教育に疑問をもつ人のために書かれたものです。
あなたが見つけたその小さな疑問は、自身の自立した学びを継続させていくためのエンジンになるはずです。

教育には、本音と建て前があります。
その本音に気付き始めた人は、1つの義務教育の問題から自分が生きる上での学びになり、新たな価値へと変わるかもしれません。

『そうだ!分かる人には、分かる!』という思いで綴ります。

では、本題へ。

 

 

 

義務教育問題その52

『NHKスペシャル発達障害未知の世界を観て。普通とは何か?適材適所とは?未来の教育環境とは?』

 

 

 

2017年5月に放送された『NHK発達障害未知の世界』という番組で取りあげられている発達障害『感覚過敏』という観点から見ると、
人は、誰もが『発達障害』であると、私は考えています。(下記で引用)

 

その数値に差があっても、『1人1人感じ方は違う』のです。

 

「1人1人違う。」

 

この概念こそが、義務教育に欠けている1つの大きな概念です。

 

 

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それらを、前提として考えた場合、「普通は・・・」「常識では・・・」「大衆は・・・」と言う言葉は使われなくなるでしょう。

2017年現在、自身の「発達障害」を疑い、医療に受診する人が増えているそうですが、
共通して、「認めることが怖い。」「人に言いたくない。」と思う人が多いということもわかります。

この深層心理には、子どもの頃の教育が根強くあるのだと思います。

「他者と一緒。」「人に迷惑をかけない。」「頑張りなさい。」など道徳的な価値で片づけられてきたことです。
誤解を恐れず言うと、それらは、本当は真逆であるべきだと私は、思います。

 

 

「他者と同じである必要はない。」

「自分にできることで貢献し、頼るところは頼る。」と、こどもに教えることです。

 

 

努力や気合などの根性論でどうにかできる問題ではないのです。

もし、そうなった時、
教育現場で「誰もが同じ時間で、同じ空間に、同じ動作、同じ思考をしなくてはならない。」という常識は、必要なくなるでしょう。

このままのカリキュラム、教育課程では困難をきたすかもしれません。

本来、生まれてきた人間は、同じ感じ方をする必要もなく、同じ表現や姿勢をする必要もないのです。

きっと、その方が子どもは10倍の能力を発揮できると思います。

 

単純な思考かもしれませんが、教育は、そうすることで、本当の意味で誰にでも開かれ、
安心して、自己を高める環境となるのだと思います。

 

 

この番組の後半に、女性が以下のことを言っています。(聞き取り引用。)

『周囲の規範と合わないことは分かっている。
 なぜか理由は分からない。
 普通のふりをすることでへとへとになる。
 多数派、所数はという言い方で、ルールが違うと考えている。
 例えば、今ここで、目をあわせなくてもいいと言うルールがあれば障害はなくなる。
 多数派という人にとっては当たり前なので、無自覚に享受できているので、
 普通は普通。屁理屈いうなということになる。』

 

 

 

 

私たちは、自分をたなにおいて、発達障害という枠組みで他者を見るのではなく、
全員が感じている「生きづらさ」を、再度見つめ、心のバリアをフリーにしていく必要があります。

 

 

発達障害と診断され、周囲と比較して不自然な行動をとることを、薬で抑えつけたり、別の空間でクールダウンさせる今のリアルな教育の現状こそが、
一番、やってはいけないことであると思います。

 

 

未来の社会は、そのすべての人を含む「違い」を認めた上で、共生し、自律していく仕組みでなければなりません。

 

アメリカやイギリスで行われている取り組みのように、日本でもお店を過剰に装飾したり、過剰に音を出す必要なんてないのです。
発達障害と呼ばれている人達と買い物に行く時間を区別するのではなく、通常をそこに合わせれば、音に敏感な人も、敏感ではない人も一緒に暮らせます。

 

番組で紹介された研究結果を参考に考えると、発達障害と呼ばれなくても、現代は、過剰な情報、音、光に溢れており、
だれもが、ストレスを感じて当然なのです。

例えば、LEDライトが眩しく感じなくなるように、私たちは、身体は絶えず慣れ、調整しているのです。
スマホの画面も、イヤホンから流れる音も、過剰なはずなのに、それが通常化していくのです。

慢性化されれば、それは恐ろしいです。

「環境適応」「慣れ」「恒常性」によって、人の脳は調整するそうですが、
そこに費やすエネルギーが無くなっただけでも、価値のあるところで、自分のエネルギーを発揮できるようになるかもしれません。

 

現代は、消費社会であり、広告化しすぎています。

必要のないものは、空間も制度もシンプルにしていくことは、大衆みんなにとって生きやすい社会なのではないでしょうか。

 

そして、唯一の希望は、人には、その人の居場所が必ずあるということです。(番組にもある。)
適材適所という言葉がありますが、苦手や得意という低次元のことはどうでもいいのです。

その仕事、プロジェクトを成し遂げるには、その人の特性や特徴が無くてはならないという、あなただけの居場所が必ずあるはずです。

もし、社会がそのように変われば、教育は、同じ人を育成している暇はありません。
できるだけ他者との違いに目を向け、独自の才能を伸ばしていける環境が必要となってきます。

そこに、教育の焦点を置き、価値付けていくことは、義務教育が未来へシフトしていくということです。

 

それは、現存の教育システムの「既存の社会に子どもを当てはめる」ことではなく、
未来の社会に必要な仕事を創造していくという新たな「教育の目的」に変わるはずです。

 

 

 

NHKスペシャル 発達障害 解明される未知の世界

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170521