教師をしていれば、人の心の様々な面を見ることになります。

私は、今、リアルタイムで現役の教師をしながら、このようなブログを書いています。

それは、自分の気付きをアウトプットすることで、経験を整理したり、次に活かすための自分の学びと価値付けています。

教師として、どのような状況下においても、学び続けることがシゴトであり、その姿はかたちを変えて子どもに伝わります。
今日は、人の心と人間の能力についてお話します。

では、本題へ。

 

 

義務教育問題その50

『”人の心に触れること” 人間の能力は数パーセントしか使われていない?』

 

教師は、日々、様々な人の心の側面を見ることになります。

それは、心理士やカウンセラーも同じだと思いますが、ピンポイントではなく、多様な心の側面に出会います。

言語化することは難しいのですか、その多様な変化は、まるでオーロラのように変幻自在に変わっていくものです。

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だから、その人の性格や素質、特性を理解し、判断することは、容易なことではありません。

人の心身が成長するということは、おそらく皆さんが思っている以上に揺れ動くものです。
それが、30人~40人同時に揺れ動いているのですから、その側面は多様にあることは容易に想像ができると思います。

 

 

 

私は、言葉と内心が一致していないと思う場面に出くわしたり、言葉巧みにその場だけを逃れようとする場面にを見たりします。

それでも、何が真実か、何が真実ではないかをジャッジすることが、教育者の仕事ではないと私は思います。

 

社会には、様々な専門家がいて、役にたっていようがいまいが、連携しようとしてるのは確かです。

その規模が大きくなればなるほど、真実が歪められていくことはとても悲しいことです。

私たち、親教育者にできることは、どんな最高、最低の心の状態でも、一喜一憂せずに、そこに居ることです。

そして、いつも、真実に一番近い、その人の心に直接、触れています。

 

極論ですが、自分の心がそのまま相手にうつることがあります。

自分がオープンならば、相手は開放的になり、
自分が怒りをぶつければ、相手も怒りをぶつけます。

そして、どんな最低、最高の心の状態でも、平然と上を目指させるということです。

上には上がいます。

上には上があります。

 

 

人はそれぞれの役割はあると思いますが、共通して、「未来に繋ぐ。そして、自分で気付き、学び、よりよく生きる。」
という目的が、遺伝子に、そして
数億の細胞に組み込まれているのだと、私は思います。

 

 

そこには、無限の可能性があります。

 

 

今日、ある子が紹介してくれた宇宙飛行士の山崎直子さんの本を読みました。
http://なおこ、宇宙飛行士になる (角川つばさ文庫)2010/9/15 山崎 直子、 松井 晴美

そこに、地球から宇宙に出ていく時の様子が、身体感覚を通じての気付きが文章にされていました。

「人間の細胞は、人類の歴史だけ記憶されていて、その可能性は数パーセントしか発揮できていない」というものでした。

私たちは、この宇宙で、精一杯生きていると思っていても、実際は、能力の数パーセントしか使われていないのかもしれません。

得体のしれないものが、その力に蓋をしているのかもしれません。

現代では、それらが「情報」であったり「常識」「制度」であったりするのかもしれません。
時に、それが目に見える鎖であったり、見えない鎖であったりします。

 

 

今、私たちに必要な学びとは、何かを知り、インプットしていく能力ではなく、人間の能力を発揮することなのかもしれません。
つまり、習得よりも、表現を中心とした学びです。

もし、数パーセントしか、能力が使われなかったり、間違えた方向に発揮しているのであれば、
根本的に「教育」が変わった時に、どんな、世界が見られるのでしょうか。

それは、宇宙飛行士の山崎さんが、宇宙の可能性や宇宙の神秘に魅せられたように、
人の能力にも、宇宙くらいの大きな可能性があると、私は日々、子どもの心と触れていて思います。

 

 

『その人間の内に眠っている「能力」をあと数パーセントひき出すだけで、世界は大きく変わるかもしれない。』

そんな、人間の力を、信頼することです。