この記事は、義務教育に疑問をもつ人のために書かれたものです。
あなたが見つけたその小さな疑問は、自身の自律した学びを継続させていくためのエンジンになるはずです。

教育には、本音と建て前があります。
このシステムに安住せず、次世代の教育のへ移っていくことを私は見据えています。

 

『そうだ!分かる人には、分かる!』という思いで綴ります。

では、本題へ。

 

 

 

 

義務教育問題その41

『子どもの天才性を伸ばす親の心の在り方ヒント』

 

 

 

親になることは、とても素晴らしいことだと思います。

子育ては、喜怒哀楽、様々な感情と向き合い、経験から多くのことを学びます。
同時に、自分とは異なる人格と向き合い、愛し、共に成長する時間でもあります。

しかし、子供を別の人格をもつ人間であると認識している親はそう多くありません。

所有化しているという錯覚に陥っているのです。

今、日本で子育てをしている人の多くは、忙しさのあまり、じっくりと子どもを向き合い、
肌と肌を触れ合ったり、協同して活動する機会も少ないからかもしれません。
日本で子育てすることは、つらいことが多く恵まれていないという人もいれば、恵まれているという人もいます。
それぞれの見方や経験があるので、一概には言えません。

 

私は、恵まれているか、恵まれていないかに関わらず、『豊かさ』ということについては、
義務教育で教えることはないけれど、とても大事な概念であると思っています。

そして、今回のテーマ『子供の天才性を伸ばす親の心の在り方ヒント』は、この「豊かさ」と繋がっています。

なぜ、このテーマなのかと言うと、私は、教育現場にいて、日本では天才や才能を伸ばすことが
できない環境に日々、もどかしさを感じているからです。

もし、子どもの才能や能力を伸ばすことができたら、それは本当の意味で公益のためであり、
人々がよりよく生きていく環境を創り出せる人を日本から輩出することができます。

 

「豊か」とは、単に争いがなかったり、物が溢れていたり、お金が潤沢にあったりする沢山あるという意味とは異なります。

それは、心の在り方のことを言います。

この親の心の在り方が、子育てには、とても重要な働きをします。

 

私が長年教師をしてきて、『子どもの天才性を伸ばす』には、
親を含む周囲の大人の「豊かさ」の心の水準が高ければ高いほど効果があり、影響するのではないかと考えています。

そして、私自身も教師経験を積み重ね、様々な家族、子供と出会いから、「豊かさ」の捉え方が変わってきました。

男性は、幼いころから競争社会であり、誰かに認められることで生きていきます。
女性は、どちらかと言うと、その社会に自分の居場所を確保するために生きる傾向があります。

日本の義務教育は、外へ意識が向かうように学習が進められますが、
自分の内に意識が向かうように学習が進んだら、今とは別の社会になっているはずです。

 

一方で、男女関係なく、人は「豊かになりたい。」という素朴な意思が子ども達にはあります。

それは、とても自然な状態だと思います。

なぜなら、「豊かさ」とは、生物が地球に存在し、生きている原理原則そのものであり、
多様な状態であり、共存することを意味するからです。

 

人は、できれば同じ価値観をもち、同じ意思をもつ人たちと共存し、共栄したいと願う生き物です。
それは、異質な者と出会う機会があってはじめて可能になることです。

だからこそ、中学高校生くらいまでは、人と違うことを恐れずに、他者との違いを知り、
自分自身の内側をしっかりと見つめ、行動できる機会が必要なのです。

 

「仲良くしなさい。」「〇〇さんもそうしているでしょ。」というのは、NGワードですね。

一方で、相手との違いを見つけ、攻撃し合ったり、いがみ合ったりしているのは、両者の稚拙さからくるものです。

それとは、異なります。

親も同じです。
他の親と同じように子育てする必要なんてありません。

異質なものを受け入れることができることは、「豊かさ」を意味すると私は思います。

人は、決して1人では生きてはいけません。

誰かが地球のどこかで悲しんでいたり、苦しんでいることに同情など必要なく、
同じように共感し、それでも、強く生きていかなくてはならないときがあります。

人生のどん底に突き落とされるような深い悲しみを味わっても、
その人に代わることはできないですが、そっと、寄り添うことはできます。

人のことを自分事のようにとらえられたり、世界の問題を自分の問題だとして考えたりできるのは、
その人のなかに
「豊かさ」がしっかりと在るからだと思います。
自分とは、異なる他者によって、もたらされる感情や思いを受けとめ、それを糧に生きていく人は「豊かさ」があります。

 

この「豊かさ」とは、特別なことではなく、極日常の生活が全てです。
例えば、身近なことで考えてみましょう。

少し余裕をもって、悠久の時間が流れているように過ごすことで周囲の反応も変わるでしょう。

例えば、どんなに忙しいときでも、相手の想いに寄り添ってみること。
自分が必死だからと言って、相手を傷つけるような言葉を放たないこと。

心の中は、コントロール自由なはずなのに、心の中の焦りや苛立ちがそのまま言葉として出てしまう姿を見るととても残念に思えます。

こうやって、誰かと笑い合えるのも、集中できることがあるのも、美味しい食事を頂けるのも、
みんな、自分の力ではなく、他者の力であると気付かされます。

そんなときに、私は少し、豊かな気持ちになります。

どんなにお金があって、島が1つ、買えたとしても、買えなかったとしても、
いつも、変わらずに、穏やかに、豊かな心で居られたら、それは特別なことだと思います。

 

 

 

「豊かな心」。これが、天才を育てる時に必要な、心の在り方です。

シンプルだけれど、とても大切なことです。

 

最後に、豊かな社会には、才能が発揮できる天才な子ども育つ、という事を心の片隅に置いてください。