教師には、授業を通して、児童生徒に育んでいきたい力があります。

教師にとって、一番大事な能力は、授業力です。
授業力とは、学ぶ状況を創り出す力のことです。

また、人がもっている欲求や能力、才能をひき出す力のことです。

授業を考えることは、身体、言語、聞き方、話し方、書き方、問い方、気付き、取り上げ方など、
自分自身の全ての面を、総合的に見て判断していかなくてはなりません。

つまり、人間としての力に向き合うということ

精神力、感性、知性など総合的な人間の能力を高めることになります。

どの教師も、ここを高めるために、互いに切磋琢磨できる環境ほど、恵まれた環境はありません。

教師の学ぶ姿勢は、必ず子どもに伝わります。

では、本題へ。

 

義務教育問題その38『授業のチカラ』

 

 

次世代を担う教師にとって、今後、ますます重要になるであろう視点が、『カリキュラムマネジメント』です。

これまで縦系列で、教科別に進めていたものを、1年間を通して、教科横断的に、横の繋がりで捉えていくということです。
残念ながら、学年を越えて関連付けることはできませんが、横の繋がりは、四方八方にもっていくことができます。

このような授業観をもてば、日常生活における子どもの気付きから、学習を関連付け、
その時に応じて、教科の特性を踏まえ、子どもの能力、技能に還元することができます。

では、私の実践記憶から、1つの授業の展開と構成をお話します。

私の軸とする授業観は、
『1人の子供の関心、探求から始まり、協働して学ぶ楽しさか感じるなかで、自己を高めていく』ことを中心にしています。

一定の時間のなかで、子供が、その課題に向かおうとする「情熱」を高め、「目的意識」をもつことがスタートです。

 

基本的に子どもは、目の前のことが生活に根ざしたものであればあるほど、興味をもちます。

どの教科の学習も、何かと「繋げる」「関連付ける」ことで、上記の「情熱」と「目的意識」がはっきりとします。
この時の子供は、自分の「意思」で学ぶことを始めます。

児童生徒が、「学ぶ意思」をもつことが、スタート点であり、100%の授業のうち、60%を占めます。

 

 

では、残りの40パーセントのうち、20パーセントは、思考したり、気付いたりするための「自己内対話」と「集中力」です。
教師は、よく話すぎるのですが、説明が長い教師ほど子どもの力になりません。

こちらの発問(問いかけ)が的確で適切であれば、のこりの時間は、シーンと静まりかえった空間で1人1人が
課題とめあてを意識しながら、どっぷりと思考をフル回転させ、比較したり、関連づけたりしていきます。

この時間と初めの課題に向かうスタートでは、子供は全く違うをしています。

次に、残りの10%で大切なことは、「表現」と「交流」です。
音声で口頭表現する時間です。

自分の考えを話し、伝えることを通して、子供は思考を整理したり、友達との考えの違いから1つ次元を上げた学びが始まります。
ここの「協働」して、よりよい学習環境を自分たちで創り出そうとします。

なぜなら、自分を高めるには、他者の存在が重要であり、
友達と切磋琢磨することで、互いの成長に繋がることを知っているからです。

 

つまり、知識習得だけではなく、すでにこの知識は活用され、生きた智恵になる段階まで高まれば、私の規準ではいい授業と言えます。
智恵にしていくには、繰り返し出会うということも重要になるので、1つの授業で完結することはありません。

最後の10%は、「振り返り」の時間です。
概念を再構成する時間でもあり、気付きを書き留めていく時間です。

「文字言語」で記していくことは、思考に留めるという働きもあります。
タッチパネルよりも、書くということの身体性が、私は大事だと思います。

私は自分なりのノート作りをしてほしいと願っています。

最後に、初めの目的意識にもどって、気付きを共有して、授業は終わりです。

 

ねらい活動評価がぶれずにシンプルに短文化できていれば、
具体的に、褒めたり、具体的な課題を伝えることができます。

この軸をもたずに、授業をすることは、地図をもたない旅行、計画図面のない建築物と同じです。

時には、計画から外れてみるのも、子どもが夢中であれば必要な時もあるでしょう。

また戻ってくることができれば、どんな道を通っても同じ目的地にたどり着く。

そのくらいの余裕と余白が大事です。

子どもの「意思」を、教師が自分の感性で気付き、環境をマネジメントして、
遠回りしても、近道をしても、行先まで連れていけるという力が、授業のチカラです。