この記事は、義務教育に疑問をもつ人のために書かれたものです。
あなたが見つけたその小さな疑問は、自身の自立した学びを継続させていくためのエンジンになるはずです。

教育には、本音と建て前があります。

『そうだ!分かる人には、分かる!』という思いで綴ります。

では、本題へ。

 

 

義務教育問題その28『子どもの学校を選ぶことよりも重要なこと。』

 

 

 

普通、親はこう考えます。

「どこの学校に行かせようか。」

 

 

そして、「この子にはこの学校の校風が合っている。」
と言うように、後から意味付けします。

でも、親として一番考えなくてはならないことは、
その子の才能と能力を見つけ、本人に自覚させ、発揮できる環境をつくることです。

それが、学校を選ぶよりも大切なことです。

昨今は、お母様もお父様も同じ割合くらいで、学校公開や個人面談に来られます。

私は、様々な家庭を見てきて、やはり、親御さんが「自立」していて、
自分の生き方をされていることは、子供によき影響を与えていると確信しています。

ここでの「自立」とは、女性が働いていたり、男性が働いていたりする労働とは違います。

精神的な自立を基盤として、夫婦、あるいは家族が共同し、協力しているという意味です。

親の「自立」の他にも、もう1つ重要なことがあります。

それは、子供の言葉のつかい方、礼儀、思いやりなどをしつけられていることです。

「厳しさ」は、やさしさでもあります。
また、「正す」、「調整する」ということでもあるのです。

厳しくするということは、子供の意思を尊重していないことではありません。
子供が自分の意思を伸ばしていくために必要な準備であり、土台です。

 

読者の皆さんは、人が、相手からの言動に厳しさを感じ、反発する様子を見たことはありませんか。

結果、その人はまだ未熟であり、自分自身でも分かっている、気付かないふりをしていることがあります。

もし、自分が言われた側だとすると、相手の言動から、一喜一憂するよりも、その状況をそのまま受け止め、
言語によって自分で処理し、学びとしてしていく方が、価値ある時間になります。

その中での選択肢として、「向き合うのか」、「触れないのか」は、
その時々で自分で選びますが、きっと、そこに向き合った方が成長に繋がります。

最近、大人になるにつれて「厳しさのない人」が多いように感じます。

「厳しさ」とは、究極の優しさです。

 

「厳しさ」を、それよりも大きな「思いやり」で包んで、相手に施していける時間を過ごしたいものです。

私も、これまで様々な「人の厳しさ」に触れてきました。

その度に、自分の未熟さを認識し、反省することも多くありました。

このような時間が、自分自身の在り方を作ってきたことはもちろんですが、
素直に聞く耳をもっていたことだけが、私の取柄だった気がします。

素直な子供は、直観的に本当の厳しさと、抑圧を瞬時に判断することができます。

賢い子は、そのような大人を見極め、反面教師として聞くことができるのも生きる力です。

 

今日の義務教育問題は、『子どもの学校を選択するよりも大事なこと。』でした。

 

学校の校風や内容を吟味するよりも、子供のいいところ、才能を吟味してください。

そして、人を育てるには、「厳しさ」が必要であることも認識してください。

子供は、自分の意思や才能を高めていくまでに、数々の誘惑に負けそうになるときがあるかもしれません。

でもその時に、親であるならば、その言動を正し、調整することも大事な役割です。

親だからこそできることであり、学校を選択するよりも重要な時間だと私は思います。