さて、「働く」のハナシシリーズ。

今回で、4回目です。

本記事では、下記に続く、「働く編」で「日本のエリートの幻想」について、お話したいと思います。
「働く」のハナシvol.2新任教師過労死ライン超えと電通女性新入社員の過労死を受けて
「働く」のハナシvol.1新任教師過労死ライン超えと電通女性新入社員の過労死を受けて
「働く」のハナシvol.3『就職活動本格解禁まであと2か月』の意味とその先を見据えた生き抜くスキル

昨日「天才」を例に挙げてお話しましたが、私は今の日本の教育では天才は育たないと述べました。
その対極にあるのが、「エリート」という概念です。

日本もその他の国も、我が子を天才ではなく、「エリート」に向かわせるために教育投資をするのです。

 

しかし、エリート教育は、幻想であり、親の自己満足に終わることが多いです。

日本のエリートと言えば、医者、弁護士、そして、官僚のことを言うでしょうか。

「この子をエリートに育てたい。」親ならば誰もが一瞬、心に思い描いたことはあるのではないでしょうか。

そして、児童生徒も「俺は、エリートなんかにならない!」と言いながらも、
少し、後ろめたさを感じることは、ないでしょうか。
この『エリートの幻想』は、まだ、日本の教育に根強く残っています。

そして、エリートとは、聡明であり、知性があり、人格にも優れていて、人を導く存在であるとお考えならば、
認識が甘いように感じます。

この「エリート」と人格は、全くの別物で在り、
指示を聞いて、的確に判断し、選択し、表現できるマインドと体力が必須なのです。
義務教育でも、そこを育てることに力を注いでいることがお分かりいただけるでしょう。

私が以前、お付き合いしていた人も、エリートと呼ばれる「官僚」でした。
しかし、彼はいつも、夜中の12時を過ぎるまで働き、次々に起こり、処理するべき案件を
的確にこなしました。つまり、彼は、その点において、非常に優秀な方だったのです。

一方で、心身は、自分の意思ではなく働いている様子で、とても辛そうでした。
忍耐ですね。そういえば、義務教育課程で身に付けるのも、「忍耐」です。

日本にも、聡明な若者はいます。しかし、その聡明な若者が、エリートのポジションにいるかと言ったら、
確実に、そうではない別の場所に居ると私は思います。

これが、日本の実態です。

そして、「天才」と「エリート」の違いは、「自分の意思がそこに在るか」という点において、全く異なるのです。

日本には、誰もが、「エリート」は優秀で在り、幸せになれると疑っていない幻想が、
常識として残っています。それが、受験にも表れています。
2017年センター試験のトリック!『日本にいる本当の優秀、聡明な子は大学にはいない。』vol.1
2017年センター試験のトリック!世界共通の問題『登竜門は自分で設定し社会に出る準備を進めるべし』vol.2

もし、エリートという概念が、判断、選択、言われたことを表現する能力ではない、
能力をもつ者だと仮定したら、どうでしょうか。

かならず、教育は変わります。

例えば、科学、芸術など様々な分野で、個の才を伸ばし、後世への智恵としていい影響を与える
表現に変わるための、教育手段を考えること。
私は、本来の教師の仕事とは、この環境を整えていくことだと思っています。

そう考えると、「同じ」ことを教育の軸として置くのではなく、
「違う」ということを教育の軸として、教育を行うことができます。

そうなると、近未来、発達障害という概念など、一かけらも無くなるでしょう。

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