義務教育現場で「発達障害」という概念を作り、
子どもをカテゴライズする理由については、以下で述べました。
『義務教育制度で「発達障害」という概念を作る理由』

その中で、私は、教育者であれば、「発達障害」という
概念を捨てるべきであると主張しました。

ここでは、なぜ、この概念が、現場に定着し、
教育者の意識を変えていったのかについて述べていきます。
まず、この概念は現場の教師にとっても、有効に働いている
という点です。そのことを私は、自戒の念を込めて記します。

現在の教師は、多忙であり、本当に色々な仕事をします。
そして、確実に「子どもと関わる時間」が減っています。

子どもとの関わりが減るということは、
子どもを観ることができないということです。

ましてや、この義務教育制度では、平均して1人の担任が、
20人~40人の児童・生徒を観ています。

学級経営において、1番は、子どもの安全確保です。
大切な生命を預かっている訳ですから、危機管理と
いつも隣り合わせです。

転落事故、給食による異物混入、アレルギーによる事故、
組体操事故、いじめ問題など、最近起こった出来事を
教師は、月に一度必ず把握し、自身の実践を省みます。

そして、このような可能性を含まないような、
取り組みや実践を行うことになります。

教師は、潜在的に、起こりそうであろうことは、
避けたいと考えるので、子どもの体験活動が減ってきている
ことは、それが要因だと考えています。

そして、近年、学級が上手く機能していない状況を
「学級崩壊」と呼び、メディアでも取り上げられています。

その原因は、様々ですが、以下の調査によると、
「特別な支援を要する児童・生徒がいる。」ことが
挙げられています。
また、「授業内容や方法に不満を持つ子がいる」ことが
多いことからも、今の義務教育制度は、子どもの「意志」
を尊重するものではなく、進められていることも解ります。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad200001/hpad200001_2_043.html
【参照:文部科学省】

教師としては、学級は、1つの家族のようなものであり、
そこで豊かな人と人、人と自然との関わりを生み、
学び合い、高め合うことは誰もが目指すはずです。

そこに強い責任感を覚える教育者が多いです。

しかし、学級集団は、1人の子どもによって、
大きく変わることも事実です。

1人1人の存在がいかに大切であるか。
その力を、教育者は身に染みるほど理解しているでしょう。

しかし、その責任感からやはり「より良い学級」を
作る必要があると教師は、思い込んでしまいます。

その集団とは、
1.規律が整っている事。
2.何事も意欲的に取り組む事。
3.学力を担保すること。
4.保護者とよき関係を築く事。

など様々あります。

特に、安全確保上(1)を重視するのであるならば、
規律を乱すような児童・生徒を特別視し、
学級が上手く機能しない原因にするという心情が
少なからず芽生えてしまいます。

それが、職員室で日常の話題に上がるようになると、
各々の意識の変革が始まります。

本当は、無駄な業務を遂行していることが原因に
あるにも関わらず、その原因を子どもに向けている
ということです。

それが、教育界においてスタンダードになってきた
今日だからこそ、危険であると私は、言いたいのです。

教育者としてこのような視点をもつことは、
子どもを差別化することに繋がります。

人は、現状が上手くいかない原因を外に見出そうと
する傾向があります。

この「発達障害」及び「グレーゾーン」と呼ばれる
概念により、教師自身が自己成長する機会を無くしているのです。

もっと、端的に言えば、自分自身を苦しめていることに
気が付かなくてはなりません。

そして、多忙なのですから、そこにさえ気づかないのです。

「だから、上手くいかないのか。」
「あの子は特別だから、補助の先生をお願いしよう。」
という思考になります。

そこに、逃げないでください。

忘れてはいけないことは、
子どもは皆、「特別な存在」であるということです。

多くの研修に、「支援が必要な子の理解」
が組み込まれているのは、教師の理解を促すためです。

しかし、専門家の話を聞いても、
書物を読んでも、カウンセラーと話し合っても、
根本的な解決は図れません。

貴方と子どもとの関係でしか、
よき方向に進んでいかないのです。

貴方にとって、「普通の子」「よい子」
という概念は、存在するのでしょうか。

もう一度、自身に問うてみてください。

本来であれば、ある規準に当てはめて、
子どもを評価し、見ることの意味がどこにあるのでしょうか。

それは、本当に貴方の「意志」なのでしょうか。

子どもを理解しようとするならば、
貴方自身の良心と、公平な目で見ることです。

決して、子どもをある枠に当てはめて、特別視するような
思考をしてはなりません。

自分の目で見て、子どもとの距離を図りながら、
貴方の「意志」で、関わることこそが1番の近道であり、
保護者と子どもが真に求めていることなのです。